ジョー小泉のひとりごと 2021年6月


新茶一生

静岡のわが友、和田さんから毎年、新茶を送っていただく。
そのお礼として毎年、何か書道の拙作を返礼として送らせていただく。

今年は「新茶一生」という大判の色紙を送った。
和田さんの許可を取り、ここにコピーを掲載させていただく。
感謝。
(7−2−2021)


眠気覚まし

最近、昼食のあと眠くてたまらない。
緊急事態制限が解除され、二ヵ月ぶりに区のプールで朝、泳ぎだしたせいかもしれない。
水泳の疲れのせいか、午後眠くなる。

そこで眠気覚ましの方法を考えてみた。

第一に、昼食後、濃いめのコーヒーを飲む。

第二に、昼食後、短い散歩に出る。深呼吸しながら、ゆっくり歩くと眠気がはれる。

第三の方法が、お香をたくことだ。年寄りくさい、といわれるかもしれないが、実際に試してみて覚醒効果があるように思う。

一休和尚が「香十徳」というお香の効能を説明しているそうだ。それを調べてみると、元は中国北宋の書家にして詩人の黄庭堅の言葉に由来しているそうだ。

感格鬼神(感覚を研ぎ澄ます)
清浄心身(心身を正常にする)
能除汚穢(よごれを除く)
能覚睡眠(眠気を覚ます)
静中成友(孤独をいやす)

塵裏偸閑(忙中の閑を生む)
多而不厭(多くても飽きない)
寡而為足(少量でも香る)
久蔵不朽(保存がきく)
常用無障(常用しても害がない)

四番目の「能(よ)く睡眠を覚ます」が香の覚醒効果を述べているが、同感である。嗅覚(きゅうかく)から攻める手があったか。

第四の方法は、冷房をきかせた車で小一時間ドライブをすることだ。車を運転すると、事故を起こしてはいけないという自分に対する警告で緊張し目が覚める。

第五の方法は、手で字を書くことだ。友人に手紙を書くと、それが相手に見られるという緊張で目が覚める。あるいは、いま自分がしているように短い随筆を書く。これも他人に見られる可能性ゆえか、眠気がはれる。

眠気を覚ますためだけに書く落書きエッセイなど、ろくな出来ではないだろう。この随筆がそうであるようにーー。

(6−27−2021)


訂正 「秋山図」の裏

誤 長考游記 
正 長江游記

誤 張氏の三大のちの末裔
正 張氏の三代のちの末裔

(6−26−2021)


「秋山図」の裏

 本棚の一番上の段から本を取ろうとして、その隣の本が落ちた。本が腹ばいに割れる形となり、頁が開いた。
 改造社の芥川龍之介全集(昭和三年刊)で、羅生門から長考游記まで主要な作品はほとんど収められている。

 ちょうど開いた頁は「秋山図」という短編で、以前読んだような気がするが、あらすじの記憶が残っていない。
それを読み始めた。芥川は短編作家でみじかいものが多いから、寄り道の読書をしてもすぐ終わるだろう。

 「秋山図」の筋はこうだ。
 ――主題は元朝末期の画家、黄公望(おうこうぼう)の幻の名画「秋山図」である。

 のちに清朝の画聖と呼ばれる、当時まだ若い画家、王石谷(おうせきこく)が同業のツ南田(うんなんでん)を訪れたとき、ある名画を見たことがあるか、と問うた。

否という返事を受け、王石谷は師、王煙客(おうえんかく)の若い頃の話を始める。煙客は大家の董其昌(とうきしょう)から、「名手、黄公望の逸品『秋山図』を潤州(現在の鎮江)の張氏が所蔵しているので、是非一度見ておくべきだ」と言われ、紹介状を書いてもらう。

煙客は遠路はるばる地方の収集家、張を訪ね、問題の「秋山図」を見る機会を得る。ここは龍之介の文章を引こう。

「煙客はその画を一目見るなり、思わず驚嘆の声を洩らしました。画は青緑の設色です。渓(たに)の水が委蛇(いい)と流れた処に、村落や小橋が散在している。――そのうえに起こした小峯の腹には、悠々とした秋の雲が、蛤粉(ごふん)の濃淡を重ねています。山は高房山の横点を重ねた、新雨を経たような翠黛(すいたい)ですが、それがまた硃(しゅ)を点じた、所々の叢林(そうりん)の紅葉を映発している美しさは、言葉のつけようさえありません。(中略)煙客はまるで放心したように、いつまでもこの画に見入っていました」

収集家でもある煙客は感動のあまり、張氏よりその神品を譲り受けようと再三交渉するが、執拗すぎたのか再度の閲覧さえ拒否される。
ここで、五十年近い時が流れ、人称が変わり、王煙客の弟子、王石谷が「私」となり事後譚を語る。

――ときを経て、名画は富豪、王氏の手に渡る。王氏は煙客翁、王石谷と懇意であり、遂に初めて見る機会が訪れる。
その反応はこうだ。
王石谷(初見)「失望」
煙客翁(再見)「顔がみるみる曇った」

再び龍之介の「秋山図」から引用しよう。

「――『先生、これがあの秋山図ですか』。私が小声でこう言うと、煙客翁は頭を振りながら、妙な瞬(またた)きをして言いました。『まるで万事が夢のようです。事によると、あの張家の主人は、狐(きつね)か何かだったかもしれません』と」

謎解きを試みよう。
龍之介はツ南田の「記秋山図始末」を素材としてこの短編小説を書いたそうで、創作というより逐字訳に近いそうだ(中野重治による指摘)。
それは余談として、煙客翁が幾星霜も前に見て驚嘆した作品と再び見たものが同一の画か? そこが問題だ。

龍之介は初見時にあれほど感銘を受けた「秋山図」が、再見時には失望を生んだ意外さを謎として読者に投げかけた。

第一の可能性は、初見時も再見時も同じ本物だったとするものである。
五十年もの空白の間に、王煙客の中で初見のイメージが美化され、その形で脳裏に残った。それはあり得ることだろう。煙客自身、画業の腕(スキル)を上げ、初見時に驚嘆した「秋山図」にもう圧倒されることが少なくなっていたのではないか。

第二の可能性は、初見時は本物、再見時は贋物とするものである。
「秋山図」の元の所有者、張氏は画家にしてコレクターの王煙客の度重なる譲渡の依頼により、その価値を認識した。五十年もの長き間に、贋物を造る機会、動機があったと見るのが自然ではないだろうか。

張氏から金満家、王氏への所有権移転は金銭売買でなく、最初、無償の献上の形をとり、それに感謝して王氏は宴を開き、千金を差し出したという。譲渡の当事者である、張氏の三大のちの末裔は「秋山図」の名品である謂(いわ)れを聞き知り、本物でなく贋物の方を献じた。世故にたけた老獪な中国の商人なら当然、この真贋のすりかえをしたことだろう。

第三の可能性は、初見時も再見時もともに贋物だったとするものだ。
若き画家、王煙客が潤州の張氏を最初に訪れる前、彼は大家の董其昌の言葉自体に魅了され、昂奮のあまり真贋を見極める眼が曇っていたのではあるまいか。
所有者、張氏は遠来の客人である王煙客の前でこう語っている。

「実はあの画を眺めるたびに、私はなんだか眼を明いたまま、夢でも見ているような気がするのです。なるほど秋山は美しい。しかし、その美しさは、私だけに見える美しさではないか?私以外の人間には、平凡な図画に過ぎないのではないか?――なぜかそういう疑いが、始終私を悩ませるのです(後略)」

張氏は狡猾な狐だった。つまり、張氏は見ず知らずの来訪者、王煙客に本物を見せず、彼(煙客)は初見時も再見時も偽物を見たと推察するのはどうだろうか。

 名画の作者、黄公望とこの小話における探偵役、王石谷との間には三百年もの隔(へだ)たりがある。
真相は藪(やぶ)の中――。



<「秋山図」の裏、縁起>
 龍之介の「秋山図」が読者にとり分かりにくいのは、登場人物についての予備知識が乏しいためだろう。そこで、人物おのおのの略歴を添えよう。

黄公望(1260年〜1354年) 中国の元朝末期の水墨画家で、「元末四大家」の第一人者。「富春山居図」など山水画の代表作を残した。別名、黄一峯(いっぽう)、黄大癡(たいち)。

董其昌(1555年〜1636年)中国の明末の書家、画家。絵画は黄公望などを学び、文人画で大成。書画ともにすぐれ、「芸苑百世の師」とたたえられた。

王煙客(1952年〜1680年)名は王時敏(じびん)で、煙客は号。博学で詩文、書にすぐれ、画は前述の董其昌に師事し、とくに黄公望に傾倒し、その画風を受け継いだ。

ツ南田(うんなんでん)(1633年〜1690年)中国の清初めの文人画家。詩文、書、画とも巧みで「三絶」と称された。その住居、甌香閣(おうこうかく)は当時の名士と詩画の応酬をする文化サロンであった。

王石谷(1622年〜1717年)中国の清代の文人画家。幼少より、張珂に師事し、のちに王鑑、王時敏(王煙客)にも学ぶ。画法の範を古代に求め、南北二宗を統合し、画聖と呼ばれた。

 芸術作品に対する最初の印象(first impression)と二度目に見たときの印象が異なることはあり得るだろう。その落差の機微がこの作品の根幹となっているように感じた。

<参考文献>
「芥川龍之介の中国 神話と現実」邱雅芬(花書院)
「乱読のセレンディピティ」外山滋比古(扶桑社)
(6−20−2021)


エデル・ジョフレの伝記、読書感想文

https://fightnews.com/eder-jofre-brazils-first-boxing-world-champion/115117

605頁の大冊を
BoxRecを引きながら
YouTubeでチェックしながら
連日、朝から晩まで読み続け
ついに読了

その読書感想文がこれ
(6−18−2021)


ひょっとすると

ひょっとすると
今はただ我慢するだけの時ではなく
貴重な経験をする時なのかもしれない

これほど長い自粛期間は
もう人生に訪れないかもしれない

だから、今をかけがいのない
貴重な人生の一区間として
賞味すべきなのかもしれない

(5−31−2021)


烏有(うゆう)先生

 ペラ(200字詰め原稿用紙)4枚程度でおさまる小話を考える。出来ればオチを付けたい。

 この「烏有先生」は烏有の意味を確認するため広辞苑を引いていたら、先生を付したこの見出しがあったことから思いついた。

 続編も考えついたが、それはまたこの次に書こう。

 鉛筆で原稿用紙に走り書きをするのは悪くない。誤字は消しゴムで消せるので、出来上がったとき万年筆で加筆、訂正したときのような汚れがない。そしてコピーを取れば、鉛筆で書いた原稿が何かでこすれても汚くならない。

私は消しゴム収集家なので、消すたびに別の消しゴムを使える。
(5−30−2021)


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