ジョー小泉のひとりごと

世界戦プログラム到着

金曜に、ジェフ・ホーン対テレンス・クロフォード戦のプログラムが届き、日曜の朝、レオ・サンタ・クルス対アブネル・マレス再戦のプログラムが着いた。

時差の関係で、午後には結果が出る。
それまでに、プログラムを全頁読み終えておこう。

長く英文レポーターをしているので、ボクシング関連用語はたいがい頭に入っているが、ときにプログラムの中に知らない言葉が現れる。

そこで辞書を引く。
その単語の余白に、引いた日のDateをメモしてその単語との出会い(encounter)の軌跡を残す。
たとえば、6/16/18とか。
余白がない場合、6/18と鉛筆で辞書に書きこむ。

最近、辞書の引き方を変えて、ある単語を引いたとき、見開き両頁にすべて目を通すようにしている。まず以前、アンダーラインを引いた単語。これを見直す(glance)することで、再記憶。

その他、両頁のすべての単語をざっと読んでいく。

すべての単語についてそうしているわけではなく、これは将来、使えるな、あるいは今後頻出してきそうだな、と思う言葉だけだ。

「引いたからには使おう」と思う単語は、ひとつの辞書だけでなく、他の辞書も引く。

Genius 5(常用)
新英和大辞典(研究社)
英和活用字典(例文が多い)

英英辞典を引くと、英和辞典以上に言葉のニュアンスが分かる。

Concise Oxford Dictionary(COD)
Random House Dictionary

Collins Pocket Dictionary
(小さい英英辞典は、関連語が小スペースに詰め込んで記述されているので簡便)

要は、多くの例文に目を通し、その例文を憶え込もうとしている。
例文あってこそ、辞書だ。

「そんな辞書の引き方をしていると、時間がかかるだろう?」

ひとつの単語捜索に1時間ほどかかることがある。

日本人にとり英語とは外国語だ。
それを使いこなすには、やはり障害を乗り越えねばならない。

ある特定の単語について、その辞書の引き方の面白さを説明したいが、それはまたこの次。

ボクシングのプログラムからでもVocaburaryは増やせる。
(6−16−2018)


李思訓碑の臨書

本を読んでいてある字を見て驚いた。こんな力強い、いい字があるのか!

驚嘆した途端、ぜひ自分で臨書(真似書き)したくなった。

約百二十字もある。「李思訓碑」という唐代中期の作品だ。
作者は李ようというが、「よう」の字が日本にはなさそうだ(少なくとも当用漢字には)。

午後から書き始めて最後の二十四字になったとき、夜の十二時前だった。
手本の最後の一頁は明日にするか。
というのは、バイオリズムを大事にしていて、出来るだけ十二時を過ぎて寝ないようにしているからだ。

最後の二十四字をいま書かないと、多分ウィークデイは忙殺され、書き切るのは次の土曜、日曜になるだろう。

墨も残っているし、筆も滑っている。
書くべし。書くべし。書くべし。

書き切った。
そして今日、A4のスキャナーで複写した。全部で半紙十九枚。
昨夜、疲れたが、達成感が残った。
それは快い疲労だった。
(6−11−2018)


水墨画の山石

昨年一月から水墨画を習い出し週に一度は教室に通っている。今月でちょうど一年半だ。中国の文人墨客で漢詩をつくり、書と画をかく人を「三絶」と呼ぶ。漢詩は中国語の韻を踏まねばならず、かなり難しそうだが、書と画は拙いなりに何とかなりそうだ。

先生は中国の人だが、なかなか口がわるい。手持ちの水墨画の自習書を持って行ったとき、「やはり日本人が画いた水墨画だから、あまり巧くない」といわれた。折角、直に習いに来ているのだから、こんなものを見せないようにという一種の暗示なのだろう。以後、その手の本を持っていくのを控えた。

元々、水墨画の余白に書道の言葉をかこうと思っていた。書道では書聖王羲之の古典的名蹟「蘭亭序」のような確固たる手本があり、初心者から師範格までつねに基本にもどるべく臨書(真似書き)をする。それに相当する水墨画の手本はないのか。それを教室に持って行っても先生が気分を悪くしないようなーー。

中国に「芥子園 かいしえん」という水墨画の古典的テキストがあることを知った。次に北京の中国書店に行ったときに買おうと思っていたら、偶然ある最寄り駅近くの古書店でそれを見かけた。全十三巻で、各千円だった。

水墨画の主たる画題に「四君子」というものがあり、それは蘭、竹、梅、菊だ。おのおの独立した教習書になっている。それをまず求めた。ただし、菊の本は残っていなかった。次に、山石と樹木の巻を加え、計五冊求めた。ついでに一九八三年の「宮本武蔵の生涯展」の水墨画集も併せ購入した。

最近、先生に蘭が咲く土台の山石が丸いと指摘された。「山石はもっとごつごつ画かないといけません」と見本を示してくれた。なるほど中国は岩山が多いためか、先生は角ばった感じのする山石をたくみに画く。

芥子園の山石編を求めた次の週、それを最初の頁から数枚画き、テキストと一緒に先生に見せた。「ああ、よくこの本を手に入れましたね。私も最初の頃、この本で勉強しましたよ」といって、懐かしそうに頁を繰る。この本は教室に持ってきてもいいというお墨付きをもらった、と感じた。

同じ教室に通う私より年配の女性が妙にその芥子園の教本に興味を示し、「それはどこで買ったの」と訊く。それを教えてから一週間、帰途その古書店に立ち寄ったとき、芥子園の残りの巻はすべて売り切れていた。多分、彼女が買い占めたのだろう。

そのとき、芥子園が置いてあった水墨画などの棚に一九八九年の「季刊 墨」の「台北・故宮博物院の書」という一冊があるのに目が留まった。同博物館の展示品一般の本は持っているし、「ふたつの故宮博物院」も読んだが、書道に限定した本を見るのは初めてだったので、それを買って出た。

その約三十年前の「季刊 墨」にある本の広告が出ていて、それこそは「こんな本がないかな」と考えていたものだった。それは広い中国のどの街にどんな書道家が関連し、どんな遺跡や作品が残っているかを探し巡った紀行文で、約三十年前の本だった。

苦労して手に入れ、それを読み終えた。それは期待通りの自分にとって待望していた内容の本だった。私は特別に気に入った本だけに蔵書印を押す。そんな本は年間二百冊ほど手にとって一冊あるか否かだが、この本は蔵書印を押す価値がある。それはある書道専門誌に一九八〇年から三年間連載されたものを集約した労作だ。

私の仕事は旅をともなう。いつか中国を再訪した折り、この中のいくつかの街をたずねてみよう。そう空想すると幸せな気分になった。
(6−3−2018)


ある一文字のために

明日は井上尚弥の世界戦だ。
担当マッチメーカーとしては、活力を蓄えたよいコンディションで明日を迎えたい。長い1日になりそうだから。

そのためには早く寝ることだ。
10時過ぎに床に入るが、気になることがある。
最近、読んだ本の中の、ある文字が脳裏に浮かぶ。実にいい字だった。

いつも何か書道の本を読んでいるので、「どの本だったか?」と自問自答しているうちに、衝動的に起き上がり、書斎でその本を探した。

いつも4,5冊並行して読むので、テーマ(書道)が重なったかもしれない。
探すと、それが出てきた。
河田悌一著「書の風景」であり、気にかかった頁が見つかった。

それは「学」の旧字体で、冠の形が実にいい。
誰が書いた字だろう?
何紹基という清の時代の著名な書法家だ。

そこで納得してベッドに戻ればいいのに、その字を書いてみたいという衝動に駆られた。

半紙にその「學」の字だけを大きく書いた。

目覚めて
墨汁で書くや
「學」の一字

(5−29−2018)


ケンタッキーのわがホテル

4月24日から30日まで5泊7日の旅に出た。
ケンタッキー州ルイビル、ムハメド・アリ生誕の地で、イベンダー・ホリフィールドが初プロモートするトーナメント1回戦が開催された。

ウェルター級に限定した8名の選手が準々決勝をたたかい、そこにバイシャンボという中国人選手を組み込んだ。

プロモーターが用意してくれた宿舎は「地球の歩き方」に載っているような大きなホテルで、そこからの眺望がよかった。

部屋から窓の外を見ると、広くて大きなオハイオ河があり、岸にはモハメド・アリ博物館が見える。毎朝、その周囲をジョッギングして戻ってから朝食だった。

ケンタッキー・ダービーの2週間前から街は祭りモードに入り、連日、市民マラソン、ボディビルコンテストなどイベントが続く。その一環としてホリフィールドのボクシング興行が開催された。

そこで一句。

ケンタッキーの
わがホテルから見下ろす
アリのシャドー

(注)博物館の壁面にモハメド・アリがシャドーボクシングをしているこま切れの大きな絵が描かれている。それはアリをしのぶシャドー(影)だった。
(5−26−2017)


横浜の中華街で武蔵の鴨図に似た絵を見た

昨日、英国から招請した井上尚弥のスパーリングパートナー2名を、東京見物させ横浜のホテルまで送り届けてから中華街へ回った。行きつけの土産物店があり、その二階には高価な文房四宝(筆墨硯紙)が置いてある。一番高い硯は八十一万円もする。とても買えないが、よい品物を見ておくと眼の保養になる。

そこでは日本の書道店にないものを扱っており、中国製の半紙や練習用紙を求めた。その際、一緒に習っている家内が水墨画の手本集を買った。

ある店で紹興酒を飲みつつその手本集をめくっていて、ひとつの絵を見た瞬間、酔いが醒めるほどの衝撃を受けた。

帰宅して、宮本武蔵の有名な「鴨図」を探し、それと対比した。構図がとてもよく似ている。

「鴨図」には手本があったのかもしれない。それは中国から来たものか、あるいは武蔵の水墨画の師が中国の手本から真似たものであったかもしれない。あくまで推測以外の何物でもないし、武蔵のオリジナル(独創)かもしれない。

書道(中国では書法と呼ぶ)では、王羲之、顔真卿などの古典的手本を臨書(真似書き)することが習練の基本だ。だから、水墨画においてもそのような古典的手本が存在し、その中の鳥の図に首を左に向けた構図のものが多々あったのでは・・・。ふとそんな推測をした。

上が武蔵の鴨図。
下が中国の手本集。
(4−21−2018)


拙作 石鼎の句

原石鼎(はら せきてい)という俳人がいた。
1886年(明治19年)生まれ、1951年(昭和26年)没。
その俳句が結構好きだ。

今月の書道の課題にその句が出た。
ただ半紙に書いて師匠に提出するだけでは惜しく、色紙にも書いた。
その色紙に書く前の練習の拙作がこれである。

石鼎の他の作品には、次のようなものがある。

頂上や 
殊に野菊の
吹かれ居り

大空と
大海の辺に
冬籠る

淋しさに
また銅鑼打つや
鹿火屋守

正岡子規は石鼎を「豪華跌宕 ごうかてっとう」と評したという。
石鼎は客観写生をモットーとした子規、虚子とは次元の違う句を詠んだ。

わが拙き書道と下手の横好きの俳句が
石鼎において結びついた。
(4−10−2018)


巻紙による礼状

大阪北ロータリークラブに招かれ、3月中旬、講演をさせていただいた。
テーマは、「本番で実力を発揮する方法」で私の定番である。
帰京後、同クラブ会長に礼状を出した--巻紙で。
あのB堂の「千草」という名墨を使って。
(4−8−2018)


文房渉猟 #11 墨のはなし

 親というのは子供をよく見ているものだ。「物を集める人間には幼児性がある」と言った。言い得て妙である。

 子供の頃、切手を収集していたが、いずれそれに飽きることになった。本を読むことに凝りだし、切手をシート単位で買うより、文庫本を増やすことの方に興味を覚えたからだ。

 確かにいまだに物を集めることが好きで、自分では「初心」と呼び、それを失わぬよう心がけているがーー。

 文具全般を集めるのに興味を持つが、いま書道の「墨」を例にとってみる。師匠から以前ある墨を頂戴したところ、実におりがよく、書状を筆で書く折り、さっと磨りさっと書ける。その墨で書くとなぜかいい字が書ける。

 こんなに磨り心地のよい墨なら、予備を持ちたいと思い、墨の箱に書いてある奈良の製造元に電話をした。B堂の受付の女性いわく、「その墨は先代が極上のものを作ってみようとした特別の品物で、もう在庫はないと思いますが、倉庫を探してみますので午後にでも電話ください」と。

 再度電話したところ、「在庫が二個だけありましたが、どうされますか?」という。墨というのはそれほど高いものではないのだが、特別品だけにひとつ八千円という。墨にしてはかなり高価だ。

 「その二つともいただきます。送ってもらえますか」といってから、話は複雑になりだした。「個人には直接お売りしないことになっていますので、お近くの書道店経由お申込みください」という。

 奈良のその老舗へ行ってもいい、とまで言ったが、相手側はあくまで書道店を通すよう固執する。「近くの店ならY屋があります」というと、「そことはお取引がありますので、そちらからお申込みください」と言ってから、型番を丁寧に教えてくれた。

 わざわざ墨の申込みに出かけるのは億劫だったが、残り二個というのが圧力となり、Y屋に注文に行った。係員は私の目の前でB堂に電話し、在庫確認をしてから、先払いをするようにいった。一万六千円、プラス消費税だ。

 品物が届くのは早かった。二日後、Y屋から電話があり、品物が入荷したという。その日の午後、すぐ取りに行った。早く所有権の移転をして、自分のものにしたかった。

 早速、その墨を磨ってみると、確かにおりがよい。それは自分にとり、貴重品になった。

 以後、より筆まめになったか? 筆で書簡や巻紙(巻紙を書くのは趣味だが、なかなか書く機会がない)をより多く書くようになったか? 否、何かその墨を見ているだけで気持ちがよく、半紙に書道の課題を書く前、普通の墨を磨っている間、それを眺めている。それだけで書く意欲への刺激になる。

 親父の言った通りだ。自分には妙なガキっぽさがあり、墨そのものを形として所持したい気持ちが強いーー所詮、消耗品なのに。まあ、いずれその墨を使って手紙を書く気持ちになるのだろうが・・・。
(4−7−2018)


春に泳ぐ

水しぶき
立てて帰り路
桜吹雪

水しぶき立てて
帰り道
桜ふぶき

水しぶきも桜吹雪も動きを連想させる名詞である。
ひとつの句の中に、それが二つもあるのはベクトル過剰かもしれない。

春の日の朝、いつも通り、プールへ泳ぎに行った帰り、
往きには気付かなかった
道に散在するの桜吹雪のあとに
春を感じたときの句。

桜吹雪と桜ふぶきの差。
桜吹雪は風を連想させ落ちて飛ぶ桜のイメージが強すぎる。
一方、桜ふぶきは散って地面に広がっている桜の花びらの群れを連想させる。

では、「さくらふぶき」とすべてひらかなにするとどうか。
さくらの樹のイメージはやはり漢字の方がよい。
櫻と字画の多い字を使うと「櫻ふぶき」と書いた短冊が冴えそうな気がする。

旅の途中、「漱石追想」という本を読んでいたら、教え子の寺田寅彦が師を想い、短歌を詠んでいた。
それを読んでいて、ふと詩想がわいた。
(3−30−2018)