ジョー小泉のひとりごと

ひとりの洗硯会

硯(すずり)を水に沈め鑑賞する「洗硯会」という催しは、中国の宋の時代に始まったらしい。硯の石としての色合いが水中に置くことで鮮明にあらわれるからという。好事家が集い眼の愉しみとする。

五月の世界戦の準備で非常に忙しい。そんな多忙の最中(さなか)、急に思い立ち、ひとりだけの洗硯会(せんけんかい)を始めた。

一階と二階の間、正確には階段を上がったすぐの踊り場に硯と筆の置き場がある。書斎に入る前、「今日も書けよ」と自分を促す構造になっている。

筆や硯を洗う専用の洗面タブに水を張り、所持している硯をひとつずつ沈め、まる一日浸しておいた。そして引上げ、英字新聞の上に載せた。

数えてみると、二十六硯(けん)あった。このほかにセラミックの硯が二硯あるので、所有する硯は計二十八になる。

同じ硯でありながら、おのおのが別の個性を持っている。それを語りだすと長くなる。硯を手に入れた契機をいちいち語るとまた長くなるのでやめる。

文房四宝(筆、墨、硯、紙)の収集に凝りだして数年、いろいろ貯まりだした。

合計二十八の硯の中で、自分にとり本当に相性がよく墨のおりがよいものはわずか二硯で、あとは並みだ。

ものを集めるより、数多く字を書く方が上達する。しかし、文房四宝を集めることで鑑賞眼が養われる。それは毎日書くことで字が上手くなるのとは別に、書く道具についての知識が増えることにつながる。

こういうのを下手の横好きの屁理屈というのだろう。
(4−20−2017)


深淵の中の龍

硯(すずり)で磨った墨、それはただの蒼黒い液体。
筆をそれにつけ文字を書くと、液体は言葉に変化する。

言葉が組み合わさり、文になり、文章になり、詩になり小説になり哲学へと変容する。
それは龍となる。言葉の龍である。

なぜよい硯には蓋(ふた)がついているか?
それは深淵の中の龍が逃げないよう押さえつけているからだ。

言葉という名の龍を・・・。
(4−2−2017)


自分の中にアートを飼うこと

3月19日、テレビ解説の帰途、以前から購入を迷っていた硯(すずり)を
ついに骨董店で求めた。

周囲を柔らかい毛の歯ブラシでぬぐい、硯の面に専用の砥石をかけた。
そして、長く店頭でたなざらしになって乾燥していたはずだから、
水にひたし硯石に水分を補給した。

磨ってみると、その硯が非常に墨のおりがいい良品であるという僥倖を味わった。

絵を画く。書道をする。楽器を操る。・・・
巧拙は別にして、生活のなかでアート(芸術)と接することで
日常生活の効率第一主義から超越する時が持てる。

芸術、あるいは芸術家の存在に対して寛容になれる。
世の中は実利だけを尺度に推し量るべきではない。
そんな別の尺度、評価基準を思いださせてくれる。

その硯を眺めながら、ふとそんなことを考えた。
(3−31−2017)


最澄の「久隔帖」臨書

昨日、ゴロフキン、ロマゴンの解説のあと、六本木の国立新美術館へ創玄展を見にいった。
家内が車でWOWOWに迎えに来て、私は辰巳から六本木まで後で寝ていた。
4時間も集中して画面を観て解説すると神経が疲れる。

わが書道の師、徳村旭厳先生の作品を見るためだ。美術館に着くと、ずいぶん人が並んでいる。
こんなに行列ができるほど見る人が多いのか、と思ったら、草間彌生というアーチストの展示会が隣で開催されており、そちらの方の客だった。

先生の大作を見て、さらに他の書道家の作品を眺めた。
「こんな手の込んだ作品を創るのは大変だろうな」と感心し、自分が素人の愛好家であることに一種の安堵を覚えた。

もし私が書道の教員免状を取るとすると、いろんな過去の名跡を臨書せねばならないのだろうが、私は自分が好きなものしか書かない。趣味、道楽だからだ。

何が好きか?
王羲之、顔真卿、空海、高野切一種・・・
そして最澄だ。

天台宗の開祖、最澄がこんな透き通ったような立派な筆跡を残していたことに驚き、それを知らなかった自分を恥じた。

最澄は王羲之をよく学んだのだろう。

そして、私は空海の「風信帖」を、最澄の「久隔帖」を学ぶ。
わが拙き臨書を添える。
(3−20−2017)


私の習練法

先生に直されたところを、繰り返し練習する。

直されたところは、いわば悪い癖が出るところで、もし我流で百回書いたら、百回とも同じようにその悪い癖が出るはずだ。

師につき物事を習う、というのは素直に助言を容れ、自分を矯正することで、それが「師事」するということだ、と思う。

進歩というのは、良いところを伸ばし、その一方で悪いところを矯正することである。

私のような拙い書道愛好家は毎日、地道に自分を矯正していかないといけない。
それは他の分野、他の対象にも通じる。

昨日より今日。ちょっとだけどこか進歩。
(3−14−2017)


空海の「風信帖」臨書

拙作であるが、表装しわが進歩博物館の玄関に掲げている。
明日の私はこれを超える。
(3−12−2017)


進歩博物館 その2 初心

わが進歩博物館の壁には「初心」という字の掛け軸がかかっている。
これはわが師、徳村旭厳先生の師、故田岡正堂先生に揮毫いただいた書で、自分にとり信条である。

初心を忘れるな。
ボクシングが好きになった子供の頃の心を忘れるな。
よりよい英語で日本人選手の活躍を世界に報道する使命を忘れるな。

故田岡先生(文化勲章を受けた金子鴎亭師に師事)が展示会で色紙に書くところを見せていただいたことがある。

「うまいな。とてもかなわないな」と驚嘆するほど筆と体が一体化していた。

私は展覧会に作品を出す気はなく、ただ自分の日記をよりきれいな字で書くために書道をしている。
墨で紙に字を書くこと自体に愉しみを求め、それで充分だと思っている。
(3−10−2017)


進歩博物館 #1

昨日掲載の「試作品 寒山拾得」にはミスがある。
最初の「唐」の字のがんだれの中の旁(つくり)が「書」になっている。いわば、自分の造字だ。修正しない。このミスがおかしいからだ。いかに自分で手書きすることにこだわっているかの例証だから。

今日2月28日は特別な日。
(1) 家内が私の蔵書の増殖を見かねて三架も本箱を一挙に買ってくれ、それが今日届いた。
(2) 拙作(空海の風信帖)を表装に出していたが、それが掛け軸として出来上がり送られてきた。

我が家は私が約十年前から書道を始め、徐々に進歩してきた軌跡を表示する博物館になっている。
名付けて、「進歩博物館」。
今後、いろんなことの進歩を表示する博物館となる。
たとえば、水墨画。
たとえば、語学。

毎日努力し続けることが人間をどう変えるか、それを自分だけの博物館に展示している。
頑張れ、自分!
(2−28−2017)


試作品 寒山拾得

森鴎外の「寒山拾得」で手書き原稿で本を創る試運転、
つまり試作をしてみた。

次はよく思索してから自分の詩作を手書きして試作する。
(2−27−2017)


人は一生に何字手で書けるのだろう

先週の日曜、原稿用紙を取り出し、手で書いてみた。

随筆で始まり、途中フィクションを入れ、また随筆に戻る計画だったが、小説に飛翔しきれず単なるエッセイで終わってしまった。

これならそのまま日本躾の会(ときに寄稿させていただく)に出せるような思い出話だが、それは意図するものではない。

しばらく原稿を寝かせてみよう。その間に、フィクションが動き出すかもしれない。

最初、鉛筆で原稿を書き、ときに消しゴムで直したが、手で書くというのは実にいい。
次に書き直すときには、万年筆を使ってやはり手で書こう。

そして、最後には和紙に細い筆で書いて仕上げる。
世界でただひとつの和綴じの本を創ってみよう、と考えている。
それは、創作であり、かつ書道作品でもある、自分だけの本だ。

そのためにはもっとずっと字が上手くなりたい。
そのためには毎日、毎日、王羲之や顔真卿を書き続けることだ。

人は一生に何字手で書けるのだろう?
(2−26−2017)