ジョー小泉のひとりごと

訂正  図板

下の文房渉猟#5において訂正。

誤  図番
正  図板

図板というのは、約2センチの厚さ、縦1メートル、横1.5メートルの
木製の板で、機械科の製図室に50名分用意されていた。
そのうち、5名がもう亡くなった。

いまはCAD(Computer Aided Design)の時代で
PCで設計するから、
昔のような形で製図教育をしていないのかもしれない。

一角法、三角法、透視画法などの基本を習った。

絵を描くのもそうだが、白紙になにか書き始め、それが図になり、それを仕上げるのは
結構楽しかった。

いま昨夕の岡山大学の講演のあと一泊し、帰京する帰途、京都と名古屋の中間。
皆さんにご便宜を図っていただき、本当に感謝しています。
(12−7−2017)


訂正  図板

下の文房渉猟#5において訂正。

誤  図番
正  図板

図板というのは、約2センチの厚さ、縦1メートル、横1.5メートルの
木製の板で、機械科の製図室に50名分用意されていた。
そのうち、5名が亡くなった。

いまはCAD(Computer Aided Design)の時代で
PCせ設計するから、
昔のような形で製図教育はしていないのかもしれない。

一角法、三角法、透視画法などの基本を習った。

絵を描くのもそうだが、白紙になにか書き始め、それが図になる、それを仕上げるのは
結構楽しかった。

いま昨夕の岡山大学の講演のあと一泊し、帰京する帰途、京都と名古屋の中間。
皆さんにご便宜を図っていただき、感謝しています。
(12−7−2017)


文房渉猟 #5 消しゴム

最近、消しゴムに凝っている。それは従来のボールペンより鉛筆、シャープペンシルで書く方が手にやさしい感じがするからだろう。ミスしたところをすぐ消せるのがいい。だから小さな消しゴムが好みだ。

 18歳から20歳の頃、工学部機械科の学生だったから、ときどき窓から六甲の山を見ながら製図室で図面の演習をした。何度も書き直し、ゴムのくずが図番の下にたまった。

 会社に入ってからも、基本的にはシャープペンシルで書類を書き、それをコピーして社内に配った。エンジニア時代も消しゴムをよく使った。

 昔の消しゴムはくずがボロボロ出て、羽毛で図番や机の上をよく掃いた。それが仕事で、これまでとても多くの消しゴムのくずを出してきた。

 ところがプラスチック消しゴムが出てから、机が綺麗になった。くずがばらけず、まとまるので掃除しやすい。

 そうだ、学生時代、アラン・ロブグリエという前衛作家の「消しゴム」という作品があった。読んだような気がするが、もう忘れた。

 製図室で隣の席でいつも一緒に製図していたKという姫路出身の男がいた。方言がきつく、普通に話していてもケンカを売っているような口調だった。あいつにもう一度会いたいな、と思い、同窓会の案内を見たらもう故人になっていた。

 学生の頃、「不条理」ばやりだったから、自分も前衛的な短編小説を書いてみようか、と思った。それは消しゴムにかかわる小話で、ある仕事熱心で凝り性のエンジニアが書いては消し、書いては消している間に、自分自身を消してしまう話だ。

その話を書き終わった小説家はその出来が気に入らず、すべて消してしまったーー消しゴムで。
(12−5−2017)


講演@岡山大学

 早いもので岡山大学の客員教授にしていただいてから10年になる。毎年一度、講演をしているが、今年は12月6日18時40分より、一般公開講座だ。

 ご来聴を歓迎する。
(12月3日)


講演@慶応大学

 11月28日、慶応大学文学部で講演をさせていただいた。「メディアとしての身体」というタイトルでいろんな講師がレクチャーをする。90分の講演だった。毛色が変わっているのと、私のペンネームが故小泉信三塾長の「平生の心がけ」から来ているので、その縁で声がかかったのだろう。

 おかしかったのは、地道に努力することの重要さを私の書道を例として話したいので、空海の「風信帖」を臨書した掛け軸を持参したいという希望を出したところ、教壇に高さ2メートルの掛け軸を吊る装置がないと断られたことだ。代わりにパワーポイントでそれを取り込み、いろいろ昔拙かったのが徐々に進歩する過程を見せた。

 来週は岡山大学で講演があり、来年は大阪の某ロータリークラブで講演をする。講演をすると、聴衆の反応(リアクション)を見ながら、内容をより分かりやすく修正したり、分かりにくいところをとばしたりするので、その状況に応じた流動的な変更が(話し手として)面白い。

 慶応大学の皆さん、便宜を図っていただき感謝しています。
(11−28−2017)


文房渉猟#4 コロンビアの文具店#2

  コロンビアで買った文房具は数点だった。外国へ行くと何か文房具を手に入れ、従来の自分のものと比べ、それを新たなコレクションに加える。コロンビアで、Faber−Castellというドイツのメーカーの品物を求めた。コロンビアはドイツと親交があると、「コロンビアを知るための60章」(明石書店)で旅行の前、予習した。

 消しゴムつきの赤鉛筆(この赤は消える)。0.7ミリのシャープペンシル(握りが3角形で持ちやすい)。ペリカンの消しゴム(ペリカンでも消しゴムを出しているのかと思い購入)。そして鉛筆削り(デザインがいい)。

 最近、ボールペンよりもシャープペンシル、鉛筆、そして消しゴムに凝っている。なぜか? 書いたものを消滅させ白紙に戻せるから。
(11−27−2017)


文房渉猟#3 コロンビアの文具店#1

コロンビアのメデジンはWBA総会出席のために行った。家内とその親友2名の計4名の一行だった。私はヘボ通訳、兼世話係だったが、女性が3人寄るとかしましいというコトワザが実感できた。

 ホテルから車で5分のサンタフェというショッピングモールの地下にスーパーマーケットがあり、その中に大きな文房具コーナーがあった。彼女たちがコロンビア・コーーなどの土産を物色する間、私は文房具を手に取りずっと品定めをしていた。ここは日本製品のテリトリー(販売領域)ではなかった。中南米だけあって色鮮やかな文具が好まれるようだった。
(11−25−2017)


文房渉猟#2 幻想

新しい筆をおろすたびに、「この筆で書くと、これまでとは違う字が書けるのではないか」という淡い幻想を抱く。実際書いてみると、いつもの自分の字と変わりないのだが、どの筆でも最初はそんな幻想が生まれる。

 幻想というものは大事なもので、分別がつくにしたがい、若い頃に浮かんだ幻想がもう見られなくなっている。ところが、筆を手に入れるたびに、いまだに「ひょっとすると・・・」という自分の字に対する変身願望が生まれる。

 最近やっと新しい筆を求める衝動がおさまった。「文房四宝の新品を手に入れるより、墨を磨って字を書けよ」という助言が自分の中に響くからだろう。

 分別くさくなってくると、人生が面白くなくなる。だんだん衝動や無分別が失せていくのが分かるーーそうなっていくことのよさもあるのだが。
(11−23−2017)


文房渉猟 #1

書道の世界で使う道具を「文房四宝 ぶんぼうしほう」と呼ぶ。これは筆、墨、硯、紙(ひつぼくけんし)を指すが、本によってこの順序が異なる。

「広辞苑」では、筆、紙、硯、墨の順だが、書道のテキストでは結構まちまちで、筆、硯、墨、紙の順もある。

 「弘法筆を選ばず」というが、自分のような悪筆はよい筆、あるいは筆記用具(万年筆、ボールペン、鉛筆など)に頼り、よりよい字を書きたいと願い、いつの間にか筆記具の収集家になってしまった。

 徒然なるままに文房四宝、あるいは文房具のことを書き綴ってみようと思う。
(11−23−2017)


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